社内恋愛は今すぐなくなればいいと思います

こんばんは。水戸です。

基本的に社内恋愛はしないほうがいい派に転じた水戸なのですが、社内恋愛してよい場合とやめたほうがいいんじゃないかなー?を分けて整理しておこうと思います。過去記事でチェックするべきポイントなんてことも書いたのですが、改めて自戒かねて整理しとこう・・・と

 

amamizushin.hatenablog.com

 

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基本的には「やめとけ」

社内恋愛をして思ったのは冒頭でも述べましたがこれは本当にやるもんじゃないなということで。

そんなの基本じゃんとか言われるかもしれないですが(今考えると本当に基本だと思う)、多分社会人1年目~3年目とかだと特に、それまで守られた場所にいたから社会がわからなかったという観点で「やめといたほうがいいよ」っていうのが分からないこと多いと思うんですよ。

「この会社で生きていこう(昇進していこう)」と思っている人であっても、基本的にはやめておけよというのが結論(社内でいい感じの立ち位置の人と恋愛関係になって引っ張ってもらえるということはまあ、あるとは思うんですが)

 

「付き合っているうちが華」が多いんじゃないの?

結局「この会社で生きていこう(昇進していこう)」派の人も、付き合っているうちが華、これに尽きるのですよ。付き合っているうちはいろいろ引っ張ってもらえたり、仕事振ってもらいやすくなったり、丁寧に教えてもらえたりする。それによってあなたの仕事スキルも上がるし、社内での評価もよくなるし、一人前に近くなる。

でも逆に上記パターンのときに特に注意してほしいですね。これもしその相手があなたに対して「付き合いたい」という感情の下に上のような行動をしてた場合、それが覆された(別れた・振られた)ときに全部逆回転しだすってことが普通に起こりえますからね。つまり教えない・仕事を振らない・評価を下げるっていうことが常態化する。これに耐えうる状態になっているかはかなり重要なポイントだと思います。この人は本当に信じられるし、3年くらいいいポジションで教えてもらえるなら付き合おうかなくらいの意識でいると本当に死にますよ、まじで。

 

やっていいのは「自分が確立されてから」

社内恋愛してもいいなって思う場合は

①直接の先輩、後輩ではない、評価者ではない場合

②自分で独り立ちできていて、社内にもその人以外の十分なネットワークが確立されている場合

以上かなと思います。つまり「独り立ちできている」のは重要だと思っていて。

・自分で仕事を取ってこれる

・つまりそのための十分なスキル・社内(外)のネットワークができている

これさえあれば別に「別れた場合」でもリカバリーが可能なんですよ。そもそもその人に仕事面で依存していないから。プライベートで破局という辛い経験(どっちが振ったにしても)があったとしても、心の安定も保たれやすいし、仕事が脅かされることも少ない。プライベートで失った分のエネルギーを、仕事に投入するなんてことも可能ですからね。チャンスに変えられることも十分あると思いますし。

この人について行こう意識だと梯子外されたときに転落する可能性大きいので。

 

要は自立せよっていう話なんですが

とはいえ自戒も含めて、自立してれば社内恋愛はありです。まったく別の部署だったり、自分が地位を不動のものにできているのであれば。

とはいえ別の部署であの人いいなっていうこともあれば、そうではなく全く近い立場の人が気になっちゃう場合も往々にしてあると思うのですよ。教えてもらう立場、教えてあげる立場ってどうしてもそうなりやすい傾向が(一般には)ありますので。その立場で上の人にやれ付き合ってだの言われたときは、容赦なくパワハラ110番を突きつけるのが後々の自分にとっては吉だと思います。冷静な判断をして、行動するのも自立の一つなのですよ。(ということを私は口を酸っぱくして当時の自分に言いたい)

そして社会は優しい面だけで作られているわけではないから。厳しいところもいーっぱいありますし、モラハラ野郎もいーっぱいいるし、できれば私みたいになる人が、一人でも減ってほしい、きちんと判断して生きてく人が増えていってほしいと思ってやまないわけなのです。

 

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会社を休んでみたら誰にも文句を言われなかった話 逃げて大丈夫だよ!休暇が重要

こんばんは。水戸です。

潰れそうなら休もう!休暇をとったって誰も文句言いやしないし、大事なことを考えるのは休んでからだって話をしようと思います。

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Shinさんのブログが大変勉強になりましたし、そりゃそうだよなぁ涙って感じました

www.outward-matrix.com

 

会社無理!→よし休もうが正解 会社を休んでみた

とある事情で会社が無理!ってなったので、ひとまず休んでみました。

というと待て休んだの?って言われそうですが、諸事情抱えておりますのでああ、そういうことねと思っていただけると助かります。

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とはいえ、理由があったとはいえ休むのは結構不安になります。そういえばあの会議があった、あの担当先どうしよう、朝会の連絡当番だった!等々・・・

でも、とりあえず連絡すれば大丈夫というのが結論。

・休む日にち

・わかる範囲で業務の引継ぎ、連絡

・今後どうするのか「また●日に連絡します」「明朝の体調をみてご連絡します」

これだけ。これだけ電話するなり、電話がきつければメールするなり(私は証拠を残したい派なのでメールをしました)すれば大丈夫。

ちなみに水戸は月曜から休んで3日目になりますが、別に普通にのんびり過ごしていますし、文句も言われていません。引継ぎ等チーム内では少し忙しそうですが、大丈夫、少しくらい忙しくたって誰も死にません。そのためにチームになってるし、カバーできるように組織は成り立っています。

自分がいなきゃ回らない仕事って悲しいかな、ほとんどなくて。たいていは誰かがいれば大丈夫な仕事です。でもそのことを悲観することはないし、むしろその人じゃないとダメな仕事があるとすれば、オンリーワンな仕事ができるその人はたぶんとっととフリーになって会社なんて抜けてたほうがよっぽど稼げると思います笑

 

むしろそこまで追い込んだのは誰だ?ということを私は小一時間問い詰めたい。笑

 

笑って言っていますが考えすぎて知恵熱を出したのか、水戸は熱と咳と鼻水でぐったりして四六時中寝ており、夕方病院で薬を増やしてもらいようやく起き上がれるようになったというのが現状です。

 

 

 

休んでから考える

休んだ理由っていうのは簡単で水戸の場合は

・心労

・転職先どうしよう(というか転職するのか社内異動するのか)

・仕事どうしよう(軽い鬱と体重減少で結構ギリギリで生きているので)

 

主に上記点についてで、考えすぎて知恵熱が出たので休みました。

もうわかんねーよ!って思ったので休んでいます。進路も、人生も、正解なんて誰にも分りません。わからないけど判断が求められるし、決断の時って必ずやってくるし、そのたびにいろんな人がいろんなことを言います。自分も「あっちかな」「こっちかな」でブレます。誰が本当のことを言っているのか、どれに従うのか、迷います。

 

本当に本当に疲れているときは冷静な判断ができません。これだけは本当。ついつい思考が悪いほうへ悪い方へ回っていってしまうし、ネガティブなまま走ることになってしまいます。冷静な判断ができない、疲れた、もうダメって思ったら休んでから考えるのは一つ手だなと。

 

病気にかまけて昏々と寝てやることにしました。わからないパンク状態でなにか判断しろっていうほうが無理。それならもういっそ休んでから考える方式を取ろうと考えました。

 

多分このあとが大変なんだろうと思うけど、放っておく。自分の健康のほうが大事。

 

変にまじめ思考な人ほど休むことに罪悪感を覚えやすいのかなと思いますが(水戸は不器用なくせに真面目で考えすぎてしまうタイプです)、休むことに関して本当に大丈夫だよと声を大にして言いたい。

休んでみたら本当に誰にも文句を言われなかった。別に自分がいない分の仕事は回っているし、舌打ちしながら電話かけてくる社内の人もいたらしい(後輩に聞いた)けど休んでるから仕方ないだろと自分に言い聞かせました。会社のメールも見ていないけど、見る元気が出てから見て、それから考えようと思っています。

選択肢はいろいろあると思うので。このあと休暇届だしてもいいし、会社復帰してもいいし、異動まで時間稼ぎするのもいいし、転職してもいいし。一年くらい会社やすんでもいいかなと今は思っています。

 

 

今日のざれごと

会社を休んでみて、「思って程たいしたことないな」と思ったのが率直な感想です。休んだら文句言われるかな?とか会社で不平等に扱われるかな?とか思ったけど、ちょっとくらい本当に大丈夫。むしろSOSを出していることになって、自分的にはよかったかな、と思っています(ここまで体重減少しているのに「思ったより元気そうだね」とか普通に言われるタイプです)

 

病に倒れてるときって妙に嫌な夢を見がちなんですが、それでも「まあ夢だしな」ってことで深く考えないことをこの休暇で実践しています。考えるのやめて一日中寝て、アイス食べたりフルーツ食べたりしてます。明日のことは明日考えよう。ちなみに明日も休むことにしたのでさっき後輩に一本電話だけいれて、あとは頑張れ、頼んだよって言いました。ちょうど明日休めば三連休につながるし、少ない休み日数で長期休暇にできてラッキー

明日は明日の風が吹くとしんじて。

 

逃げるは恥だって誰が言った?逃げるのは単なる事実なんだよ

こんにちは、水戸です。

ブログで逃げる勇気も必要だよね

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とか言いながら「考えすぎのループ」にハマっているため逃げられていません。

 

 

 

 

逃げるって何

基本的には逃げるに、ネガティブな意味はないんですよね。

dictionary.goo.ne.jp

 

捕まらないように、追って来るものの力の及ばない所に身を置く。「犯人は盗難車で―・げたらしい」「一目散に―・げる」
自由のきかない所や危険から抜け出して、去る。「ライオンが檻 (おり) から―・げる」「命からがら―・げる」
面倒なこと、いやなことから積極的に遠ざかろうとする。直面するのを回避する。「やっかいな仕事から―・げる」「―・げないで真っ向から勝負する」
運動競技で、首位を行く者が、後続する者に追いつかれないで勝つ。「先行したままゴールまで―・げる」
からだが望ましい構えから後方へ引いた状態になる。ひける。「腰が―・げている」
室内・容器の中の気体や味などが、そのまま保たれないで外へ出てしまう。「熱が―・げる」「土鍋はさめにくい上に風味も―・げない」

 

ただ恐ろしい対象物から自分を避難させるって行為が「逃げる」なわけで、これって単に自分の身を守り安全な場所に身を置くということをしているだけだと。

つまり逃げるっていうとなんとなくネガティブに聞こえるんだが、本当はそうじゃないんでは?とか思ったりするわけなのです(逃げるは恥だが役に立つってドラマあったけど、恥ですらないのでは?とふと。)

 

逃げてはいけないのか?に対する二つの名言

逃げるそのものにネガティブな意味はないとかわかっていつつも「逃げるってなんだかなー」と思っちゃうのが水戸のような(一緒にしちゃってスミマセン)世のネガティブさんの特徴なわけで。

「逃げるっていうとよく思われなそう」

「根性なし!みたいに言われそう」

「もっと頑張れよって言われたら確かにもっと頑張らなきゃって気もする・・・」

なんてことを考えてしまうわけなんですね。

でもじゃあなんでそもそも逃げなきゃいけなくなったのかって考えると結構すっきりすると思います。人間逃げなくていいところから「逃げよう」なんて思わないはずなので。自分の精神・体・ひいては命に関して「逃げなきゃ」という危機を感じたからにすぎないですよね。

危機が正当な理由でありさえすれば、逃げることは100%正当化されるもんだと思います。

 

ちなみに逃げるに対して妹が名言を言ってたので載せます。

部署異動届を出すにあたり逃げてるって思われるだろうなと懸念し妹に相談したんですが

水戸「やっぱり部署異動とかすら、逃げてるって思われるよね・・・」

妹「は?まだそんなこと気にしてるの?それって逃げるって事実だけで誰が悪いっていったの?」

これは結構目が覚めました。誰も逃げる=悪いなんて言ってなかった。

しかも自分が逃げようとしている場所から実際逃げてしまいさえすれば、逃げる前のコミュニティの人たちって、大方関係なくなるわけで。まじで逃げるって思われることへの恐怖はなんだったのだろう・・・と感じます。

 

あとは今日あった昔のインターン先の知人の方で

「動物ってやばいと思ったら逃げるじゃん。なんで人間だけ逃げちゃいけなくて、なんで人間だけ石の上にも三年なの?」

→ほんとだー(涙)

本当ですよ。なんで人間だけ逃げることが責められたり、逃げることに本人自身が物怖じしてしまうのだろう。

 

この話でいうと、おそらく逃げるのを物怖じするのは逃げて責められるのが怖いことよりも、「逃げて失うことが怖い」のほうが大きい気はなんとなくしていますけどね・・・(私はたぶんそれなので)

 

 

水戸のざれごと

いろいろと逃げるについて、逃げるそのものにネガティブな意味はない!というころで書いていましたがいかがでしたでしょうか。

逃げることで得られることと得られなくなることを両方書いて比較検討してみることがまずは先決なのかなあと思います。しかし妹はときにかなり大人で的を射た発言をするので陰ながら尊敬しています。

 

 

 

 

 

失恋して鬱になりまして 24歳OLの記録

職場恋愛→失恋→鬱で回復中 の水戸です。

失恋して鬱になることってあるの?どういう場合になるの?ということを考えてみました 失恋して鬱になるなんて心弱すぎ!という意見もあると思うんですが、必ずしもそうではないのでは?と思うので(自己弁護かもしれないですけど)書いてみました

失恋 鬱 に対する画像結果

 

 

失恋して鬱になることってあるの?

一問一答で「ある」です

水戸は大失恋をして鬱診断され、服薬しながら社会人生活を送っています。。

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どのような症状なの?

失恋だけでなく、鬱の症状として共通して言われていることは 

・極度の疲労感(私の場合は平日の緊張の糸が一気に切れるのか、土日に起き上がれない、ひどく疲れる、体中が痛い、熱っぽく・ぼーっとする)

・生理が来ない

・性欲がない(!)

・食欲がない(またはおなかがすいている気はするが、食べるという行動が無理)

・すべてが上手くいかず、それは鬱になった原因のせいである、そのせいで全部だめだ、と決めつける思考に陥る

・生きている意味を見いだせない

・もう全部がどうでもいい

・人の話を聞いても、理解できない(意図的でなく、無意識になってしまうことがある)

 

失恋で鬱になる理由を考える

通常失恋して鬱になることってそう多くはないと思うのですが、なるとしたらその理由についてかんがえてみました 

 

その人が、自分の生活の中で占める割合の高さ

実際に、その人が自分の生活の何割を占めていたのかということは喪失感に比例すると思います。その人と過ごした時間、機会が多ければ多いほど、その分の時間ってどう使っていいかわからなくなって、余計喪失感が増す気がします(自明かもしれませんが)

例えば土日会っていたら、別れただけで土日の予定がぽっかり空白になるわけなので。そのとき家に引きこもるようになると社会とのつながりも断絶されて、ますます自分を追い詰めることになると思うんですよね。

 

職場が一緒の場合、クラスが一緒の場合などは顔を合わせる際にどのような態度を取っていいのか神経をすり減らし、振ったほうも振られたほうも辛い、なんてことが多い気がしますね。。

 

他者とのつながりの多寡

社会とのつながりが多いほど、回復が早い一方、少なければ少ないほど、ぐるぐると元の人のことを考えてループ入りすることが多いと思います

自分の思考ってある程度までいくと考えれなくなって、堂々巡りすることって多いですよね。失恋のショックが加わっているときに、「なんでだめだったのか」という点で自責のループに入ってしまうと、自分をますます否定して責めることになり、苦しい場所にどんどん追い込まれてしまうことがあります。

 

運命の人だと思っていた

要するにどれほど好きだったのかってやつです。

自分の好きが多いほど失った恐怖に苛まれるてやつですね。

 

ひどい裏切られ方をされた(トラウマ)

なにをひどいと定義するのかという問題はありますが、例えば「その人のこういう行動がだめ」と行動を否定されるよりも、その人自身の性格・価値観・感情などを否定されるほうが、ショックは大きいと思います(これも当たり前っちゃ当たり前なのですが)

それを上回ってひどいのは、その人に向けていた信頼を打ち切られることだと思うんですよね。おそらく恋愛の段階って「本当にこの人を信じていいのか」みたいな不安が常に意識的であれ無意識であれ付きまとっている状態だと思うんですよ。一生懸命「好き」の感情の糸をたぐりよせるようにして、綱渡りしている状態というような。

 

失恋とか振られることって、その不安だけど信頼やらでなんとかつなげている糸を、想定外に突然にぶっちぎられることと等しくて、それをされた人はたちまち綱から転落するということなのかなとほんのり思ったりしています。

 

挫折経験がない

これは意外と大穴かと。人生の挫折経験の有無と失恋での傷つきやすさって結構関係しているのではないかと思います。

挫折をすでに経験している人は、多分人生うまくいかないことも多いけど、「じゃあどうやってセカンドベストを得るのか?」というところに意識をすぐ切り替えられているんじゃないかな。「じゃあどうやったらいいのか?」というところでなんどもトライ&エラーができる心の強さがあるというか。

一方挫折を経験したことがない人って「自分を否定される」状況に放り込まれると、なにもできない状態になってしまうことが往々にしてある気がするんですよね。恋愛ってすべてをさらけ出してる分、失恋は直しようのない自分を否定されることに近い気がしていて(実際そうじゃない場合も多々あるんですけど、振られた方は少なくともこんなふうにかんじるんじゃないでしょうか)、あるときバシっと否定されて、自分のはしごを外された気分になってなかなか浮上できずに自責のループにはまるという。。

なので突き落とされたときにどうするかということが身についている人と見についてない人とでは、結構大きな差がでてくるのではないかと思うというわけなんですな。。

 

 

今日のざれごと

失恋して鬱になる人っているの?とか、どういう場合になりやすいのかな?ということを経験に基づいて考えてみました。

失恋して鬱になるなんて心弱すぎじゃない?と思う人もいると思うんですけど・・・そういう場合じゃないことだってあるんだよってことが少しでも伝わっていればなあと思います。

 

 

 

 

 

OPTION B 人生はオプションBの連続!感想 失恋中・転職活動中だけど折れない心を作りたい

こんにちは。先日職場付近で読んでいて号泣した本があったのでご紹介します。

 

OPTION B 逆境、レジリエンス、そして喜び

 

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著者・シェリサンドバーグ、アダム・グラントについて

シェリル・サンドバーグ - Wikipedia

シェリル・サンドバーグ氏はユダヤ人家系に生まれハーバード大学を卒業し、現在Facebookの初女性役員(COO)となっている、世の女性からみたら羨ましいほどの生き方をしている女性です。

知的で聡明な雰囲気が見た目からも感じられる、美しい女性だなと思っています。

彼女の著作はLEAN IN が有名ですよね

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Adam Grant - Wikipedia

アダム・グラント氏について日本語のページはないですが、米アイビーリーグであるペンシルバニア大学ウォートン校の心理学の教授であるとありますね。(ペンシルバニア大学は、ちなみに米大統領ドナルド・トランプが卒業生として有名ですが笑、超名門校ですよね)

28歳にして、当時最年少でウォートン校の教授となったようです。

 

著書は「GIVE AND TAKE 与える人こそ成功する時代」などがあるようです

https://www.amazon.co.jp/GIVE-TAKE-%E3%80%8C%E4%B8%8E%E3%81%88%E3%82%8B%E4%BA%BA%E3%80%8D%E3%81%93%E3%81%9D%E6%88%90%E5%8A%9F%E3%81%99%E3%82%8B%E6%99%82%E4%BB%A3-%E5%8D%98%E8%A1%8C%E6%9C%AC-%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%88/dp/4837957463

 

本が伝えていること

本は、最愛の夫を亡くしたシェリルの語り口調で進められます。

人が苦しい局面にあるとき、挫折や人生の失敗を経験したとき、ときに3つのPに直面し、苦難からの立ち直りを妨げるとの研究が引用されています。

3つのPとは

自責化(Personalization: 自分が悪いのだと思うこと)

普遍化(Pervasiveness: あるできごとが人生のすべての側面に影響すると思うこと)

永続化(Premanence: あるできごとの余波がいつまでも続くと思うこと)

で、本はそれらが本当に自責しなければならないことで、普遍化しなければならないことで、永続するものではないことを、人は困難に立ち向かって、一つ一つ進んでいくことができることを、そして心は鍛えることができることを述べています。

 

シェリルの実際の経験や、苦悩・挫折を経験した人たちが再スタートを切る場面を切り取りながら、豊富な学術研究も交えながら本は進んでいきます(引用に論文が多いのはLEAN INと同じくだなあと思います)

はじめに、のシェリルの体験は涙なしには読めないですが、心のとらえ方、対処の仕方、含めその後の展開は「私も一歩踏み出そう」と思える一冊です。

 

水戸がおもうこと 3つのPの妥当性と、3つのAを提唱したい

本で触れられている3つのP(自責化、普遍化、永続化)は本当に挫折を経験した者にとって、直面する大きな課題だと思うんですよね。

私も彼と別れたことを自分のせいだと責め続け、今後起こることは全部悪いことであると予想し、苦しみが永続するものだと感じていました。

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でもその苦しみはやっぱり自分が受け止めるしかないんですよね。受け止め方として本ではジャーナルを挙げています(自分の思うことを書き出すこと)。

これは結構有用だと思っていて、現時点で自分がやっていることにも近いなあと思うわけです。考えることを整理して、発信するのは心を落ち着ける一つの手段ですね。確かに元彼を思い出して楽しかった日々を考えたり、あの時もっとたくさん話してればよかった、もっと一緒に過ごす時間を大事にしていれば、それよりもなによりも、もっと早く出会えていたらとかも思うわけなんですが、そんなことは自分がコントロールできる範囲のまったく外にあるわけで。未来はコントロールできても、過去は自分ではタッチできないんですよね。

そうはいってもしゃあないのでどうにかして受け止めることに全身をかけ、つらい中でも自分ができたことを自分が褒めていくことしか、私たちはできないわけなのですが。

 

3つのPに直面したら、3つのAを実践することを提唱したいなと思います。

Aknowledgement: 認識 自分が辛い状況にあるということを知ること、自分が自分の状況を理解してあげること

Acceptance: 受容 苦しみを受け止めること。なぜ苦しいのか、苦しみはこの状況であれば当然のものであると、受け止めること。

Appreciation: 感謝  苦しみの中にあっても、自分ができることがあることに感謝すること。できるようになったことをほめてあげること

 

本全体を読んでいても思ったのですが、かなり自分が考えていたことに近いな、そしてそのことに学術的裏付けがされているのだなと知ったのはとても勉強になりました。

 

苦しい中で立ち直るには大きなパワーと、こう、自分を奮い立たせなければという気力というかそういうものが必要だと思うわけなんですが。ブログを通して私は発信することしかできないけど、自分を責めるような状況にある人、つらい目にあっている人の一つ事例として読んでもらって、「こういう人もいるんだな、私も頑張ろうかな」と思ってもらえたらいいかなと思うわけなんです。

 

 

おしまい。

美味しすぎたお店 イルピアット・カチャトラ

美味しすぎたお店をご紹介

 

https://s.tabelog.com/tokyo/A1317/A131706/13013772/

 イルピアット・カチャトラ

 

 

 

 

イルピアット・カチャトラ

三軒茶屋から徒歩7-8分のところにあるテラスつきのお店。

内装がとっても可愛らしく、おしゃれ。

イタリアのバルってこんなかんじなのかな?とおもう素敵な絵とかが飾ってあります。

石原良純さん、ELTの写真があるなど、著名な方々も訪れているところみたい。

 

お料理は?

うまい。これにつきます。

石原良純さんおすすめは牛肉のペンネ


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にくが!やわらか…!

こんなにペンネに味が染みるの?ってくらい濃厚で、かつあっさりしてて美味でした。

ガーリックが効いていてさらっとしてるのに旨味が強い。

 

そのほかにも、ウニの冷製パスタ


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取り分けやすくしてくださってて。

うにがうまーい!のはもちろん、パスタの茹でかげんがほどよく硬くて味を引き締めてる感じがしました。

 

 

 サービスは?

五人で訪問したんですが、お料理を多目にサービスしてくれたり、ワインをいくつかおすすめを説明してくれたりと、サービスがとってもよかったです。

 

 

 うんまかった。また訪れたい名店です。

 

パワハラに耐えている人・辛い人へ 心を逃がす方法

 こんばんは。水戸です。

 

本当はパワハラなんて受けたら、その場から離れるのが第一なんですが、

いろいろな事情で離れることに踏み切れなかったり、転職活動中でうごけなかったりする人もいると思うし「そりゃ離れられたら楽なんですよ」というのが本音じゃないかなあなんて思うのでご一読いただければ。。

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自分を責めない

パワハラを受けている人 辛い思いをしている人はそれによって自分を責めがちな思考になってしまっていることが多々あると思っていて。

「どうして自分がこんなに言われるのか」

「自分ができない奴だから」

「努力が足りないから」

「考えが甘いから」

「聞き方が悪いから?」

いろいろと浮かんでくる気持ちがあるわけなんですよね。相手が偉い人であればこそ、地位を築いているからこそ、自分が間違っている、自分が悪いって、責めちゃいますよね。

経験上何かあって抑うつ的になってしまう人は自責の念が強い人が多いと思うんですよ。客観的にみたら悪くないのに、どうしても「自分が悪いから」と思ってしまう人ですね。 

 

でも、責めるのをやめることから始めてください。自分の力じゃどうにもならない悪いことって起こりうるんだなというところですね。

 

どうしても本来の力を出せない環境ってあると思うんですよ。

おそらく極度なストレス環境でなければ、小さなミスもしなかったし、読み間違いもなかったし、論理も組み立てられていたし、ミスをしないようにしないように焦りすぎてミスを重ねてしまうこともなかったしなどなど。

挙げればきりがないけど、そういうことあるんじゃないかなと思います。

 

自分だけに責任を負わせるのを、やめてみてください。

自分ではどうしようもない力によって何かがゆがめられてしまうことも多々ありますし、それを全部自責してたら自分を苦しめるほうにしか向かっていかないんですよね。

 

 

(いい意味で)その人をあきらめる

人をあきらめるんだからいいも悪いもないんですけど笑、でもその人に

好かれること、責められない状態を望むこと、教えてもらうこと、

もう、諦めてみるというのは一つ手段かと。

 

どうしてこんな扱いを受けるんだろう?と考える時間だけ、多分もったいないんですよね。

どういうめぐりあわせなのか、その人があなたを責めることはきっと変えられないから

その人に期待することをもうやめてしまっていいと思います。

 

そんな程度の相手なんです。

期待するほどもない、くそみたいな小物なんです。

自分の力を振りかざして生きてる、残念な人なんですよね。そういう人に限って「自分はこんだけやってきた!」とか「自分は一人でやってきて、誰にも教わってない」とか言い始めるなんてことざらにあるので。

自分がいろんな人に教わってきたこととか忘れてるとか、どんだけ己惚れてるんだいい加減にしろよと思いますけどね。

 

 

 ほかのつながりをつくる

社内でその人じゃない人と、つながりを作る大切さみたいのはしみじみ感じます。世間の人が社内より優しいかっていうと必ずしもそうじゃないっていうのはあるんですが笑、でも居場所をつくるとか、自分の考えを伝えられる場所を作るのは大きいと思います。

 

席が近いなら、昼間は外に出るとか、なるべく業務以外の時間を、その人から離れて、他の人に会うなりしたほうが気持ちも新たになる可能性があります。

加害者に責められたせいで、自分のことを責めてしまっていた分、周りで起きていた楽しいことや、素敵なことを見逃してしまっていることって十分あり得ますからね。

週に一度はランチにいくとか、誰か紹介してもらうとか、電話するとか、転職エージェントに電話するとか(もちろん外でね!)そういうことをして誰かに相談する環境つくること兼ねて、つながりを作っておくことは大事かなと。

 

 

理想に近づく思考をめざす

いつか、自分を責めるのを少しずつやめていけるようになったら、理想に近づく思考を目指すのも一つかなと。

その人から離れて、自分が、本当は何が得意なのか、どういうことが好きなのか考えてみる時間を作ったり、そこを目指すために、一番身近にできることをしてみたり。

一日5分多く寝ることなのかもしれません。散歩することなのかもしれません。休日に誰かに会うことなのかもしれません。平日の一日は早めに帰って、映画をみることなのかもしれません。

 

 

おわりに

被害を受けやすい人に限って受けちゃうのが結構パワハラあるあるなんじゃないかなって感じがしていまして。

往々にしてパワハラを受ける人って自分がパワハラを受けているってことすら気づかずに「自分が悪い」って思っている人が多いと思うんですよ。それで気づかずに自分を責めて言い返せないし、たてつかないから上がまた調子にのってパワハラするっていう

完全に不のループに陥ってだんだん心がすさんでゆくと。

ループを抜け出すためにも自分は悪くない思考はちょっと持っているといいのかななんて思ったりするんですよね。そうはいっても本当に自分が悪いミスとかもあるけど、まあその辺は大したことじゃないしよっぽど相手がしていることのほうが問題ですから相対的に本当に自分が悪いのかよ?ということは認識しておくべきなんじゃないかと思います。

 

ほんと逃げることだってできるし、今の会社がすべてじゃないんですよ。心を殺して鬱になってまで続けなきゃいけない仕事って、何度考えてもやっぱりないですしね。

 

おしまい。